58歳の若さで後継者へ譲渡
建設業界は活況で、C社長が経営する建築会社も例外ではなく、突出して好景気の恩恵を受けている。
ここ数年の業績は絶好調。かつての不況時でも、自社の社員だけでなく現場の職人たちの待遇を維持。切り捨てることはしなかった。
そのおかげで「C社長の仕事なら、喜んでやりますよ」といってくれる職人を多数、抱えているのが強みだ。
空前の人手不足の中、「仕事はいくらでもあるが、現場にヒトを集めることができず、受注できない」と悲鳴をあげるライバル他社を尻目に、好条件の仕事をどんどん受注できている。
業界の中でも「やり手」との評判を勝ち取っているC社長だが、実は、いま自社株を10%しか保有していない。
残りの9割はC社長が58歳のとき、28歳の長男、25歳の次男、20歳の三男に三等分して贈与したからだ。
若くして事業承継策の実行に踏み切った裏には、税理士の島﨑(以下、島﨑)から提示された、あるレポートの存在があった。
「あれは、衝撃的だったな…」。重大な意思決定につながった、そのレポートの文面をC社長は思い返していた。
将来株価シミュレーション
2008年9月に始まったリーマン・ショック。世界的な金融危機を受けて、国内における建設投資は大きく落ち込んだ。
当時、C社長の会社も大口の仕事だったオフィスビルの着工が延期になってしまい、経営上の危機にさらされた。
悲壮な決意で顧客先を回り、「どんな小さな仕事でもいいからください」とトップ営業。
それによって獲得した仕事を、職人たちの待遇は変えずにやり切った。
「赤字になってもいい。最終的にウチの会社に個人で債務保証している私がすべてをひっかぶる」。そんな覚悟で危機克服に奔走するC社長に、社員も職人も意気に感じて一丸となった。
品質の高い工事を納品し続けた結果、倒産の危機は免れ、なんとか一息つくまでに。
「経営者とは辛い仕事だな」。そう実感したC社長。3人の息子たちはまだ社会人としての経験も少なく、経営者としての器量があるかどうか未知数。それでも、自分がここまで守り育てた会社を、彼ら3人のうちの誰かが受け継いでほしいと思っている。
「危機を克服し、なんとか事業の継続が見えたこのタイミングで、会社の将来を考えてみよう」。
そう思ったC社長は、会社の保険を一手に任せているプランナーから紹介された東京会計パートナーズに相談することにした。
そこで見せられたのが、将来の株価の推移をシミュレーションするレポートだ。
それによれば、自社の株価は右肩上がり。倍々ゲームの勢いで上昇していくことが一目瞭然だった。それ自体は喜ばしいことだ。自ら経営する会社が「大きく成長する」と評価されたわけだから。
だが、事業承継という観点からすると、マイナス要素となる。
株価が上がった時点で相続が発生すれば、息子たちは巨額の税金を納めなくてはならない。
レポートの衝撃から我に返り、どうすればいいかアドバイスを求めるC社長に、島﨑は「前期が赤字のいま、株価は底です。ならば、いま息子さんたちに持ち株を贈与するべきです」と提案した。
後継候補が複数いる時の方策
確かに、シミュレーションを見れば、いま贈与するのがいちばん納税額を安くできる。
しかし、C社長はためらった。息子たちは3人とも若く、経営者としての器量があるかどうか、そもそも会社を継ぐ気になってくれるかどうか、未知数なのだ。それに、下手に3人に株を渡して、誰が社長になるかもめても困る。
C社長の胸の内を聞いた島﨑は、その悩みを解決するための知恵を授けてくれた。
持ち株の30%ずつを議決権のない株として、息子たちに贈与する。C社長が保有し続ける10%だけが議決権のある株なので、経営権はC社長が保持し続ける。数年後、誰が後継者になるか見込みのついた段階で、その人物を社長にすえる。
C社長の持ち株10%は、その後継社長に相続されるように遺言しておく。
そのうえで、C社長に万が一のことがあったとき、会社に保険金が下りる生命保険に加入。
その保険金が後継社長へ渡るように手配しておく。後継社長がそれを原資に、経営を承継しないほかの兄弟の持ち株を買い取れるようにするのだ。
将来を見すえて、万全の事業承継対策を講じたC社長。
いま、「やり手」と評価されるほどの経営手腕を思う存分、発揮できているのも、その備えがあってこそ。
まさに”後顧の憂い“がないからなのだ。